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 2009年に妻に先立たれ、突如父子家庭となり、その後仕事と家事の両立が難しくなり早期退職をしました。現在、貯金を取り崩す毎日ですが、気持ちだけは楽しくお気楽に生活していこうという願いを込めたブログです。
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 昨日は午後は川越の喜多院で時期はずれの初詣。しかし同じようなことを考える高齢者が多いのか、思った以上に人がいました。

 ちょっとだけお祈りをして目的のおみくじを探すと、賽銭箱の横に大きなおみくじ箱があって、その下に番号が書かれた細い棒が入っている入れ物がありました。

 100円をその近くの箱に入れて自分でこの入れ物を振り回し、出てきた棒に書いてある番号をみて、該当する引き出しからおみくじの用紙を1枚取り出します。

 係りの人は誰もいないので、すべてセルフサービスですが、お金を入れなくても勝手に取り出すことも出来る平和なおみくじです。

 またおみくじの種類は全部で100種類。なるほど、人の運命はおみくじ上では100種類しかないのかと妙なことに関心を持ちながら、試してみるとぞろ目の○○番。引き出しから用紙を取り出すと「吉」。

 しかし「吉」というのが「大吉」から始まってどのあたりに位置するのか?「大吉」「中吉」「庄吉」「末吉」という言葉があるの中で、「吉」は一体何番目?

 みなさんご存知でしょうか?これもネットで調べてみると、「大吉」と「中吉」の間であるという記事が見つかりました。ただしそれ以外の考え方もあるようで、なかなか難しい。
 
 一方「大吉」というのは、もうこれ以上ない幸運であるから、後は下降するだけなんていう噂話を聞いたことがあるので、その意味では、「大吉」の次に位置する「吉」はいまだ最高運を目指して上り続けていると解釈できそうで、そう思うと気持ちも爽快。

 まあ60代のおっさんが、吉だ大吉だと騒ぎ立ててもしょうがないのですが、それでも「凶」が出るよりは数段気持ちが高ぶります。

 ちなみに、私は物理系の人間なので、こういった「運」みたいなものは本来理屈に合わないものとして捨て去るべきだという気もするのですが、実は学生時代の初詣で「凶」をひきました。場所は今でも覚えていて、高尾山の「薬王院」。

 このときは、何だか霊感が働いて、同じ高尾山の別の場所で再度おみくじに挑戦。するとまたしても「凶」。「こんなこともあるんだ。今年はおとなしくしていよう」と、意気消沈しつつ下山。

 そして、この年の2月、なんと父親が心臓病で急逝。その時改めておみくじのことを思い出して、ちょっと背筋がぞっとしました。

 まあ単なる確率の問題だといえそうですが、以来おみくじをひくときは、結構真剣になる傾向があります。というわけで、今年も家族一同大過なく過ごせ、旅行もOK、家計もまあ何とか維持できそうな雲行きだなと思いつつ帰宅し、その足でウォーキング。

 平和な1日でした。
2015/01/20 08:40 その他 TB(-) CM(2)
 今日は都合により更新お休みです。よろしくお願いします。
2014/09/19 16:22 その他 TB(-) CM(0)
  朝から暑くなっています。タイトルのタイプミスが多いというご指摘を頂きました。まったくその通りです。申し訳ありません。

 一つの記事を書き上げるのに、一気に書いて30分ぐらい?思うように書けなかったり、何を書こうかと悩み続けたりすると、それこそ夕方になっても悩んでいたりします。

 まあほとんど趣味の世界で書いているような内容ですから、自由気ままに書けばいいわけですが、毎日書き続けようと思うとそれなりの辛さもあります。

 こういったブログを書くようになって、新聞に毎日掲載されている4こま漫画の作者は、つくづく大変な作業をしているんだなと思い知らされました。

 別に書くことを強制されているわけではありませんが、書くことが習慣化してくると、書けない事にプレッシャーを感じます。不思議な感覚です。

 書いた後は、必ず読み直して誤字脱字、文章の不具合を校正しているのですが、それでも漢字の当て字や助詞の使い方を間違えていたり、分かりにくい文章を書いていたりします。

 思い込みというのは恐ろしいものです。明らかに間違っている文章を書いていても、自分の頭の中ではそれが正しい文章として認識されているため、間違いに気が付きません。

 私は理系の人間で、専門が物理なので、定期考査のときなどは、ともかく何回も見直しをしてケアレスミスを減らせ、という指導をしていますが、これとまったく同じです。

 言い訳にはならないと思っていますが、間違っている答えでも、一度それが正しいと思ってしまうとケアレスミスには気が付きにくくなります。

 本来は、第三者がいて、文章の校正をしてくれれば一番良いのでしょうが、個人ブログの場合はそういった二重チェックも出来ず、頭を冷やす意味で、翌日新しい記事を書くとき、前日分を読み直して、再度チェックをしています。

 しかしそれでも、以前の文章をたまに読んだりするとミスがあったりして、「なんとも情けないな」と自分でも思っています。

 というわけで、今日はこのブログの主旨とはちょっと違う感じもしますが、文書校正ツールというのを探してみました。するとやはり悩んでいる方は多いようで、いくつか校正ツールがウエブ上に公開されていました。

 方法は、記事を書いてそれを指定された場所に貼り付けるとミスを探し出してくれるというもので、これなら客観的なミスチェックが出来そうです。

 似たようなサイトがいくつかあるので、実際に試してみて、機会があったら報告しようと思います。というわけで、今この文章を校正してみましたが、「なるほど」と思われる指摘を二箇所受けました。ミスではありませんが、結構役に立ちそうです。

 
2014/07/24 08:37 その他 TB(-) CM(0)
  私は、当時としては珍しかったのですが、幼児の頃から喘息症状がひどく、夜発作が起きると苦しくて寝ていられないという状態が何回もありました。

 その頃は都内に住んでいましたので、両親は当時問題になっていた大気汚染にも原因があるのではと考え、小学校1年生の頃、半年間学校を休み、祖父祖母のいる石川県の田舎で過ごしました。

 その結果、空気や水がきれいで、学校に行くこともなく、ただひたすら野山で遊ぶということを繰り返し、体力もついたのでしょうか、喘息症状が多少軽くなり、再び都内へ。

 従って、この半年間は祖父祖母に育てられたと言ってもよいと思います。当然ながら田舎のおじいさんおばあさんの家ですから、昔の家長制度みたいなものをかたくなに信じていました。

 そんな環境で、祖父が話していた言葉の中に「元服」(げんぷく)という言葉がありました。これは男子が成人に達したことを示すための儀式で、祖父は当時6歳の私に向かって「15歳になれば元服を行って一人前だ」とよく言っていました。

 あらためてウィキペディアで調べると、奈良時代以降の通過儀礼の一つで、対象は12~16歳になっているようです。要するに、この年齢を通過して、元服という儀式を行うと、それ以降は一人前の大人として扱われるということで、成人式のような意味合いを持っているのかなと想像しています。

 今この年齢をみると、「ええ~?」と思うかもしれませんが、当時の平均寿命を見てみると40歳ぐらいですから、このぐらいの年齢で独り立ちしてもらわないと生活が成り立たない状況があったのかもしれません。

 しかし現在は平均寿命が80歳を越えていますので、ほぼ2倍。私は学校現場で働いていますから、働き始めた35年ぐらい前の子どもたちと、今の子どもたちを比べても「幼児化現象」が強くなっているなと感じています。

 つまり平均寿命40歳で15歳が成人年齢なら、80歳なら単純計算で現代の成人年齢は30歳と考えることも出来る、ということで、要するに現代社会では35歳ぐらいではまだ子どもだと思えることがあるということです。

 何でこんなことを書いているかと言うと、昨今の都議会や国会での、庶民の代表者とも思える議員さんのヤジが、ひじょうに品格を欠いているなと思っていたからです。つまり議員さんも幼児化しているということです。

 そう思っていたら、兵庫県の県議が、政務活動費の使途を正されて号泣という記事があり、昨日はその号泣してる現場をテレビで目撃。愕然としました。スーパーでお菓子を買ってもらえなかった幼児が泣きわめいているのとまったく同じ様子です。

 「いったいどうしちゃったんだろう?」と感じるシニア層は多いのではないでしょうか?また議員さんとは関係ありませんが、体に異常が起きることを分かっていながら脱法ドラッグを摂取して交通事故、というのも体は大人、精神は子どもであるかのような印象を受けました。

 他人事ではなく、私自身もしかしたら昔の60代に比べると、精神的に弱い部分があるのかなと思えますが、昨今の世相を見ていると、一昔前の大人ではありえなかったような、子どもじみた犯罪も増えているように思います。

 平均寿命が伸びたのは良いことなのかもしれませんが、子どもっぽい大人が増えていて、そんな人たちが国や県を動かしているかと思うと不安です。


2014/07/06 09:23 その他 TB(-) CM(0)
  昨日の都内行きでは、東武東上線、地下鉄、山手線を利用しました。改札口でおたおたしたのは昨日書いた通りです。

 エスカレーターも利用しましたが、左側の整列乗車が徹底していて、急ぐ人とゆっくり行く人がはっきり分かれています。まあ効率的だなとは思いますが、そんなに急いでどうするの?という気もします。

 昔は、待ち合わせ時間に遅れそうなときは、階段を1段とか2段飛ばして駆け上がっていく人がいましたが、最近はそういう人はあまり見かけません。

 電車に乗るときもきちんと整列乗車が行われ、我先にと駆け込む人を見かけませんでした。昔に比べると(今から40年ぐらい前です)心なしか電車も空いているような気がします。

 発着本数が増えたからか、働く人の人口が減ったからなのか?あくまで感触ですから実態は不明です。

 品川駅近辺ではスーツケースを持っている人が多かったです。国内、海外を問わず、飛行機を使った旅行や仕事が当たり前になっているんだなと感じました。

 すごいなと思ったのは、電車内で一度も携帯が鳴る音を聞かなかったこと。たまたまかもしれませんが、人様に迷惑をかけないというマナー遵守が徹底しているように思います。

 車内では新聞を読んでいる人をほとんど見かけませんでした。駅の売店での新聞の売り上げはどうなんでしょうか。ネットで調べてみると、確かに販売部数は落ちているみたいです。

 以前は通勤ラッシュで詰め込まれた車内でも、器用に折りたたんだ新聞を見ながら通勤している人が大勢いました。そこに目をつけたのが、通常の半分のサイズの「夕刊フジ」や「ゲンダイ」といった新聞だと思います。

 代わりに台頭しているのがスマホ。メールかLINEかゲームか、利用状況までは分かりませんが、起きている方の半分ぐらいはスマホを操作しています。またタブレットを使って、何らかの情報を検索している人も見かけました。仕事でしょうか。

 意外だなと思ったのは文庫本を読む人が目立ったこと。ここのところ車内で読書をする人は見かけなくなったなと思っていました。多少ですが文字回帰への傾向が出てきたのかなと思います。

 それにしても地下鉄は複雑怪奇です。上に行ったり下に行ったり、地下を立体交差しているのだと思いますが、「これじゃあアリの巣と同じじゃないか」と思いつつ乗っていました。

 もし乗車中にいわゆる大地震が起きたらどうなるのかなという不安も感じました。電源が落ちれば電車はストップ。暗闇のトンネルの中を最寄り駅まで歩くんだろうなと思うと、小心者の私は地下鉄にもウカウカ乗れません。

 地上に出れば出たで、頭上を老朽化した高速道路が立体的に交差しています。慣れている人にとっては当たり前の景色ですが、たまに田舎から出てくると、なんだか怖い都市だなと感じました。

 一方、外国人がびっくりするように、確かにゴミが少ない。ある意味人間の生活を感じさせない無味乾燥な都市だなという気もしますが、道ばたがきれいに整備されているのは、世界に誇っていいように思えます。


2014/04/11 08:40 その他 TB(-) CM(0)
プロフィール

hoku

Author:hoku
 こんにちは

 定年まであと3年という年齢で、表題に書いたような理由で早期退職をしたhokuです。

 日々の生活の中でいろいろ思いついたことを書きつづっています。

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