父子家庭で早期退職をしたおじさんのお気楽生活日記

 2009年に妻に先立たれ、突如父子家庭となり、その後仕事と家事の両立が難しくなり早期退職をしました。現在、貯金を取り崩す毎日ですが、気持ちだけは楽しくお気楽に生活していこうという願いを込めたブログです。

第1794回 私の非常勤講師の仕事を少し紹介

 昨日は朝から理由は不明ですがこのブログの大元であるFC2がサーバーのメンテナンスを行なっていると言うことで管理画面に入れず、それならまあ良いかと思い、更新をお休みしました。

 今日は6時に起きて朝食。朝食後、今日の授業のための準備。授業内容は慣性の法則ということで、身近に山ほど例があるのですが、教室で気楽に出来ることはないかといろいろ考え、机の上に新聞紙をのせて、その上に教科書をのせて一気に引っ張るという実験を一つ。

 次に紙コップを用意して、その上に財布に入っている各種カードをのせ、さらにその上に硬貨をのせ、カードをはじくと言う実験。
 
 そてし机の端に割り箸を1本置き、机側に新聞紙をかぶせ、この割り箸を定規で叩くと割り箸が真っ二つに割れるという実験をやろうと思い、新聞紙、紙コップ、コンビニ等でもらった使い捨ての箸なんぞを準備。

 他に、職場に行って化学準備室から大き目のビーカーを一つ拝借。これに水を入れて、その下に新聞紙を置いて、一気に新聞紙を抜き去るという実験を準備。

 実験の概要を示したプリントをつくり、さらに自宅で新聞紙や紙コップ、箸等を用意しているとあっという間に出勤時間です。ただ私はどちらかといえば体験的に教える授業が好きなので、ある意味こういった授業は楽しみです。

 若干の説明を行なった後、二人でペアを組んで実験開始。生徒が楽しそうにいろいろやっているのを見ていると、こちらも楽しくなります。

 最後に借りてきたビーカーに水を入れ、その下の新聞を敷き、「水をこぼさずに新聞を引いて欲しい、やりたい人は?」と全体に呼びかけると、まあ必ず一人や二入はやりたいといいます。これは進学校でも勉強の嫌いな子が集まっている学校でも同じです。

 やがてみんなから推薦を受けて、ちょっと誇らしげにクラスの代表?と思われる子が進み出て、かなり緊張した面持ちで一気に新聞を引いて無事実験終了。だいたい拍手がおきます。

 教科書だとまったく怖くないのですが、水の入ったビーカーだと、水がこぼれるとか失敗してビーカーが割れるという危険性を予測できるので、かえって真剣になります。

 というわけで、まあある程度盛り上がって授業終了。いつもこういうわけにはいきませんが、私自身も今日は面白い授業だったと満足して帰ってきました。

 というわけで、まあ私の仕事の一端を紹介しただけですが、こういった教育と言う仕事も、人間国宝の方には負けますが、毎回どんな授業をしたらより分かってもらえるのか、という努力が必要なようで、この30数年間毎回少しずつ教材を工夫しています。

 

 

第1623回 貧困と社会からの疎外感が様々な事件を引き起こしているような

 毎日のようによく分からない理由(腹が立った、むかついた、イライラした、ムシャクシャした)で、他人に迷惑をかける行為が後を絶たないようです。

 単に迷惑な行為ならまだしも、中には傷害事件に発展したような報道を聞いていると、「おいおい、この国は本当に大丈夫なのか?」と本気で心配になります。

 海外からの観光客は、「おもてなしの日本」を満喫して帰っているというニュースを目にしますが、一面しか捉えていないのではという気もします。

 学校教育が画一化され、管理体制が行き届いているのは教育という一面から見れば効率的なのかもしれませんが、一方で自由な発想というものがどんどん制限され、どんな問題に対してもマルかバツ、もしくは正しいか正しくないかという二つの基準ですべてが判断される傾向が強いです。

 その結果、純粋で誠実な若い人は、間違いを極端に恐れ清く正しく生きる?ことになりそうですが、そうでない人たちは徹底的に排斥されるという感覚を持たざるを得ないかもしれません。

 それに拍車をかけるように、スマホの普及により、相手の目や動作をまったく意識せずに、仮想空間で言葉がやり取りされています。当然文字だけが伝わるので、その背景になっている人の感情や心の動きが見えず、ちょっとした誤解であっというまに仲たがいをしたり連絡不能になったり、仲間はずれになったりする場合もあるようです。

 当然メールを送って返事が来ないというだけでイライラし、疎外感を味わい、さらに孤独な生活を続けていれば、それらのストレスがあるとき一挙に爆発するということもありそうです。

 しかし本当に爆発するためには、なんらかのきっかけが必要だと思うのですが、それは働いても働いても生活は楽にならないという貧困や生きがいの喪失も一因ではないかと思えます。

 資本主義社会というのは、先日も書いたように、富める者はさらに大きな富を望み、貧しいものはなかなかそこから這い上がれないという社会構造を持っているんだということが、この年齢になってようやく分かってきました。

 とはいうものの、ではどうすればいいのか?個人的には会社の仕事にしろ、株等の投資活動にしろ、同じ1時間で得られる労働の対価にあまりにも大きな差が生じるのはおかしいと感じているのですが、実際にもらう人はそれだけの仕事をしているんだという自負があるのかもしれません。

 しかし時給800円で8時間働き6400円。週40時間なら32000円。一ヶ月で13万という収入だとしたら、これは間違いなく将来に展望は持てないように思えます。

 一方で年収1億という人がいたとすれば月収は830万円になりますから、その差は64倍。一人の人間が真面目に働いたとき、その収入の差が、やはりこんなにあっていいのかという気がします。

 ただこう書くと、ではどのくらいの差が妥当かということになり、これまた難しい問題になりそうです。個人的には10倍ぐらいかなという気もします。それを越した分は全部税金ということにすると、どうなるのか?つまり収入に上限を設けるという発想ですが、そうなると勤労意欲が減退するのかもしれません。

 


 

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hoku

Author:hoku
 こんにちは

 定年まであと3年という年齢で、表題に書いたような理由で早期退職をしたhokuです。

 日々の生活の中でいろいろ思いついたことを書きつづろうと思っています。

 よろしくお願いいたします。