父子家庭で早期退職をしたおじさんのお気楽生活日記

 2009年に妻に先立たれ、突如父子家庭となり、その後仕事と家事の両立が難しくなり早期退職をしました。現在、貯金を取り崩す毎日ですが、気持ちだけは楽しくお気楽に生活していこうという願いを込めたブログです。

第1900回 約40年の教員生活が終了し、外から今の教育を眺めると

 2月9日に鼠蹊部ヘルニアの手術をして、約一か月。この間最初の1週間で痛みはかなり薄らぎ、その後の1週間は残った痛みが徐々に軽くなっていくことが実感できました。

 2週間を越えたあたりから、どうやらこれなら元の体調に戻りそうだという確信めいたものが芽生え、その後は手術をしたことを忘れている時間が増えています。

 思い出すのは、風呂に入るときに、切った部分が若干盛り上がっているので、その盛り上がりを確認するのが癖になってしまいました。

 どうやらこの部分は、組織が修復のためにかたまっているようで、押すと今も若干の痛みを感じますが、それも少しずつ引いています。

 というわけで、明後日からかねて予定していたハワイ旅行に出かけます。非常勤講師までの期間を考慮すると、およそ40年ぐらい教職という仕事をしてきましたので、それのご褒美だと自分で勝手に思っています。

 初めての勤務校は定時制で、たまたまその頃は、気持ちが荒れて様々な悪さを繰り返すような子供が大勢定時制に入学してきた時代で、まあある意味お坊ちゃま君で育てられた私は、当初教壇に立つことにかなり勇気を要しました。

 それでも、基本的に「頭からお前は悪い奴だ」と決めつけるようなことはせずに、なんとかコミュニケーションをとろうと努力したこともあり、また年齢的にも近い生徒がいたせいか、教室が騒がしくなってくると、そういった生徒が逆に「先生に迷惑だからやめろ」と声を掛けてくれることもあり、「へえ~、結構いい奴なんだ」と認識を新たにしたりしました。

 どこまで騒いだら迷惑がかかるか、というぎりぎりの境界線を、生徒側がきちんと守っていたように思います。

 まあそれでも一時は「俺はやっぱり教職には向かないんじゃないか」と思い詰めたこともあります。しかしたまたま同じ年代の若い先生がいたこともあり、どうしたらもっと良い仕事ができるかと、仕事帰りに飲みに行って、ほぼ徹夜でいろいろ話をしたことが思い出されます。

 今の若い先生同士は、車通勤が増えたこともあり、仕事帰りに飲みに行くという暇も機会もないようです。そういったことがつもりつもって教員同士も教員と生徒間もコミュニケーション不足に陥っているような気がします。

 ともあれ、約40年間の教員時代の後半は、日本のバブル崩壊に伴って公務員への風当たりが強くなり、適正勤務という事ばかりが教育委員会から言われるようになったなと感じます。

 そのせいかどうか議論はあると思いますが、俗にいう金八先生のような、情に篤く、ひたすら生徒のために身を張って働くという気概を持ったユニークな先生が減ったように感じます。

 要するに先生が企業と同じようにサラリーマン化し、与えられた仕事を黙々とこなし、言葉は悪いのですが、生徒たちを製品として扱い、はみ出さないように管理統制して卒業させるということが最大の功績ととらえられるような環境になっているということです。

 それが必ずしも悪いわけではないのだと思いますが、年寄りの戯言という観点からすれば、つい昔はもう少し心の交流があったと言いたくなってしまいます。




 

第1899回 広島の中学生の事件で、教育する側として感じること

 朝から新聞を読んで、さらにテレビのニュースを聞きながら、書くべきかどうしようか悩んでいました。広島の中学生の自殺問題です。

 教員という職業を選んだ一人としては見過ごせない問題ですが、いたずらに批判してもしょうがないと思っています。ただ批判されてもしょうがない事実があることも間違いないので、なんとも複雑な心境です。

 ちなみに、似たようなことは、今現在全国の小学校から中学校、高校で日常的に起きていることだと思っています。しかし、たまたま当事者同士の話し合いで誤解が解けたとか、大きな事故に至らなかったという事です。

 今の教育界の事情も、そういった傾向に拍車をかけているような気もします。そんなの民間では当たり前だ。単なる愚痴だろうと言われてしまうかもしれませんが、あえて私の感覚で書くと

・ 教育界への予算が乏しいので、教員の人数が足りない(保育所問題と似ています)

・ 教員の高齢化によって、生徒とある意味対等、若しくは腹を割って話せる人が減少

・ すべての生徒を平等に扱おうとして、個別の事情を無視しがち(管理的な教育)

・ パソコンによる報告書の作成が増え、生徒に向き合う時間が少ない(忙しさ)

 まだ他にもいろいろあるのですが、残念ながらパソコンの入力ミスによる不手際は日常的に起きています。私自身、欠席時数を間違えたことは過去に何回かあります。

 これは授業に出席していなくても、部活の試合で欠席(欠席扱いになりません)とか、インフルエンザによる出席停止とかの連絡が、出席簿に書かれていない場合があるからですが、だいたいは学期末に修正しています。

 しかし、中には担任が調査を忘れ、それをさらに各教科担任に連絡しなかったということもあり、この場合は生徒からの申し出で気が付くこともあります。

 私の場合は、普通は生徒から申し出があれば、事情は聴きますが「基本的に生徒が正しい」と判断して修正するようにしています。

 他にも大学受験で調査書の名前の記載ミスがあったり(保護者の婚姻関係にもよります)、転居による住所移動が反映されていなかったり、という経験もあります。

 一番焦ったのは、通知表を渡してから、「この成績は明らかにおかしい」と生徒から言われたことで、これはなんと担当教科の先生の成績の付け間違いでした。一人だけ行をずらして書いてしまったようです。

 というわけで、日常的にミスはありうる、という前提に立って仕事をしているわけで、そう思えば生徒からの質問には真剣に対応する姿勢が生まれ、一方的に決めつけることは少なくなります。

 特に内申書や推薦書等では、本人の不利になるようなことは一般的に書きません。そのために事実確認を慎重にしないといけないと思います。

 広島の事件の場合は、ミスがあった時の最後の砦である担任の先生の確認方法が杜撰。忙しかったのかなと思いますが、それでもやはり客観的には批判されてしょうがないと思います。

 さらに言えば、そのことを本人が保護者に伝え、保護者が学校に電話連絡が出来たらよかったのになあと悔やまれます。 

 一般の保護者から見れば、担任や学校の指導体制が如何にもいい加減でどうしようもないように思えますが、一人の教員という視点から見ると、そんな学校に誰がした、という教育行政の方に目が行ってしまうのも事実です。


 

 

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Author:hoku
 こんにちは

 定年まであと3年という年齢で、表題に書いたような理由で早期退職をしたhokuです。

 日々の生活の中でいろいろ思いついたことを書きつづろうと思っています。

 よろしくお願いいたします。